高音域とは深い悲しみであり狂気である

この動画を泣かずに見れますか?
もちろん感情をOFFにせずに。
感情を押さえてはだめですよ。それは反則です。

感情を出したまま顔に出さないのが、高音域を出す上での大きなポイントです。
巷で言う、楽に出せではありません。

これは私のお気に入りの動画です。
結構心に来ます。

ウッとくる感じに笑いの感情を少しだけプラスする感じですかね。
なかなか難しいですよ。

最初のうちは泣き出してしまうかもしれません。

精神力を強くするという本当の意味

精神力を強くするというのは、ただ理不尽に対して感情をなくすという意味ではありません
不快の感情を持ったうえで、さらに笑いの感情をほんの少しだけプラスできるようになることかもしれません。
矛盾する感情を両立させるのです。

自分の力では乗り越えられない圧倒的な理不尽に対しては逃げたほうがいいかもしれません。
それは耐えたら死にます

自分の力で乗り越えられる程度のちょっとした理不尽だったら、逃げずに自分で解決するほうが得策です。
乗り越えるうえで他人の力を頼ってもいいでしょう。
解決したほうが後にいい影響を与えます。

自分の力で乗り越えられる程度のちょっとした理不尽に対しても、巷では逃げろというので、それは違います。
そういう姿勢が、声楽の世界でも中音域からどんどんスカスカになっていくのではないでしょうか。
耐えられる部分は耐えたほうがよいです。
自分の実力アップにも必要です。

逆に耐えたら死ぬことに対して、逃げるなというのが巷の評価です。
それこそ逃げなければならない。
他人の助けを呼ぶことがタブーとされる環境からは、何回でも逃げたほうがいいでしょう。
そういった意味での逃げ癖はつけるべきです。
自分が生き残るためにも。

耐えたら死ぬことに耐えても、絶対に精神力は強くなりません。
むしろ弱っていく一方です。

だけれども、自分の力で乗り越えられる程度のちょっとした理不尽に対しては耐えなければなりません。
この場合は他人の助けを呼ぶことが許されることが多いです。

他人の力を頼ることがタブーとなるかどうかで判断したほうがよいでしょう。
自分の力を大幅に超えていても、他人の助けを呼んだらいけないと言われたら、それはたいてい耐えたら死ぬパターンです。

私も見極めができなくて、大幅に時間とお金を損したことがあります。
精神をだいぶすり減らして、死にそうになったこともあります。
耐えたら死ぬことに対しては、いくらもったいないと感じても、早めの損切が必要ですね。

悲しみや狂気はあったほうがよい

最初のうちは顔に出してもよいです。
顔に出さずに、いきなりその感情を出せたら、その人は神業です。
本当に感服するレベルです。

そういう極端な感情って嫌われがちですよね。
出したらみっともないみたいに言われますけれど。

みっともないからいいんですよ。
その感情を大切にしたほうがよいです。
感情ゼロ人間を量産する気ですか?

感情を出せなくなったら、生きているか死んでいるかわからない状態です。
私も2回ぐらいなったことがあります。
本当に追い詰められて、もう死んでいるかのような感覚。
自分の力ではもうどうしようもないという。

ちなみに、歌うときにその感情をそのまま顔に出したら、強すぎて喉を壊してしまいます。
できる限り顔に出さずに、うまく首の筋肉で押さえ込むわけです。

狂っているけれど、顔の表情に出さない。
首の筋力が強くないとできない芸当です。

首の力を鍛えることが先決ですね。

モダン歌唱とは違います。
あれは声帯が強い超人だけが許された、息の勢いで押している発声です。
モダン歌唱の発声は、感情を顔に出す発声です。

黄金期の発声は、感情が強いが顔に出さない発声です。
深い悲しみや狂気を思い切り出しているけれど、傍から見たら全く平常心に見えるようにしているのは黄金期の大きな特徴です。
息の勢いに頼らずに発声しているので、凡人でも時間はかかりますがマスターできます。

凡人の私には黄金期の発声しかマスターできません。

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