戦争ではない公共破壊事業

「戦争とは公共破壊事業である」
と副島隆彦さんは何度も言い続けています。

財政難に陥った国がもう一度需要を創出するために、
戦争で一回なにもかも破壊してから建設しなおすという考え方です。

その辺の利権に群がる人たちは儲かりますが、
私たちには大損なお話です。
何もかも失うわけですから、もちろん戦争などしてはいけないという理由です。

戦争のもう一つの側面は、武器商人のために行われることです。
武器の性能を試すための人体実験として、戦争は行われているといってもよいでしょう。

私が「戦争は勝ち負けではない。民衆が血を流すことが重要だ」と言っているのは、
そういった理由があるからです。
民衆が無傷で勝つことよりも、手足が吹き飛んで血を流さなければ、戦争の意味はないと。

今回お話する、
戦争ではない公共破壊事業
とは何か?

戦争ではない公共破壊事業

地震とか台風とか最近よく来ていませんか?
特に土日あたりにばかり固まっていますよね?

しかも地震が起きるところって、大体原子力発電所のそばで起きます。
静岡県のように震度6強が来ても何ともない地盤の強いところには、最近起きていません。
福島県とか秋田県とか山形県とか福井県とか、やけに多いでしょう。

台風だって千葉県ばかり。
不自然すぎるぐらい、一極集中していませんか?

日本では気象操作とか人工地震とか言うと、
頭おかしい扱いを受けますね。

「気象なんて操作できるわけがねーだろうが!」
とか
「地震とはプレートの動きで起きるものでしょ」
とか
日本ではこういう考え方では当たり前です。

しかし、世界中では気象操作とか人工地震とかは常識です。
英語が読める人だったら大体こういった内容に触れています。
(日本語の情報はだいぶ統制されています)

政府が英語教育に力を入れないのは、
世界情勢を議論させないようにしているということがあります。

マレーシアでは従来の気象操作だと大変だから、
ドローンを使って雨を降らせるということも普通に行われています。

Using drones to create artificial rain(外部リンク)

もちろんマレーシア国内でも気象を操作すると問題は起きます。
宗教家の人たちから苦情が来るので、「祈っているフリ」をしないといけません。

人工地震だってそうです。

地震によって私はだいぶ恐怖しました。
震源地からはかなり遠いですけれど、それでもかなり揺れました。

東日本大震災で私は震度3のところに住んでいますが、
ちょっとめまいがするのかなあと思ったら、

地面が揺れているのを感じましたし、
時計が揺れているのもわかりました。

韓国や北朝鮮では普通にこういった人工地震の議論をしています。
一般のニュースでも伝えられます。
けっこうカジュアルに載せてあるという印象です。

最後に

陰謀論と片付けてしまえば、それまでですが、
「自然」現象なのに、あまりにも局地的に集中していたら、
そういったものを疑ったほうがよいでしょう。

世界中では、日本でタブーとするものを普通に扱っているということを
知っておいたほうがよいでしょう。

今時タブーなんて言っていたら、
物事を読み取ることはできません。
本質に迫ることはできません。

物事は連続しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です